ベリーの暮らし

都内60平米の賃貸マンションで4人の子供たちを子育て中のフルタイムワーキングマザーです。ラク家事・ラクごはんのシンプルライフ、塾なし家庭学習の日々を綴っています。

祖母の死


ads by google

昨日、祖母が亡くなりました。

f:id:berry-no-kurashi:20201126114234j:plain

沖縄の祖母。

 

祖母がいなかったら

今の私はありません。

 

私が子供の頃

実家は経済的に苦しかったので

沖縄に渡航するのもままならず

きちんと会ったのは

3回だけでした。

 

子供の頃会ったのは1回、

2歳くらいの頃、母と一緒に。

 

成人になってアルバイト代で渡航し、

祖父(既に他界)の米寿の祝いの席で。

 

そして、数年前

妹の発案で

「生きているうちに会わなきゃね」と

子供たち(祖母にとってはひ孫)を連れて

おばあちゃんに会いに行くことを目的に。

 

実際に会ったのは

たったこれだけでしたが

 

祖母は母を通じて

私のことを

大切な転機に

相当サポートしてくれました。

 

ads by google

 

 

小6の初秋、

急に思い立って

中学受験をすることを決めた時。

 

国立で授業料は安いのに

面白い授業を受けられるという中学に

「行きたい!」と私が思った時。

 

行きたい気持ちはいいけれど、

進学するには

中学受験をパスする必要があります。

 

怖いものしらずで

あと5か月勉強する期間があると

受験勉強を始めた私に

 

母が祖母に相談したのでしょう、

受験までの塾代を出してくれました。

 

「勉強したい子にはさせてあげなきゃいけない」と。

 

昼夜を惜しんで勉強して

無事中学入試をパスした後

 

今になって思うと

入学に関わる費用も

祖母が出してくれたお金で賄ったのではと思います。

 

私はおばあちゃんに

季節の手紙を出して

 

おばあちゃん元気ですか、

私はこんな感じで過ごしています、

いつもありがとう、

 

と伝えるだけでした。

 

何の見返りも

それこそ感謝の言葉さえも

求めなかった祖母。

 

私が小さな頃は届いていた

祖母からの返事も

白内障を患ってからは

字を書けない、と

私から送るだけになっていき・・・

 

私が結婚する時には

ぜひ来てもらいたいと思っていただけれど

「年だから、飛行機に乗れないよ」と

結婚式の参加を見送った祖母。

 

戦争の話も

直接は聞けませんでしたが

当時幼子だった伯母と自決しようと

手榴弾を使おうとしたけれど

 

なぜかその手榴弾が爆発せず

命永らえた、と

ずっと後になって知りました。

 

ads by google

 

 

そんな祖母の命が

母につながり

私や妹につながり

そして私や妹の子供たちにつながっている。

 

最後に会った時には

私の名前はもう思い出せなかったけれど

 

私の母の名前をはじめ

自分が生んだ子供たちの名前を

ひとりひとり順番に

「私の子供たちの名前」

と教えてくれた祖母。

 

ああ、取り留めのない文章になってきた・・・

 

おばあちゃん、ありがとうございました。

 

動きにくくなった肉体を離れ

おばあちゃんの魂が

この秋晴れの空の中

健やかでありますように。

 

数年前、会いに行けて

御礼を直接伝えられて

本当によかった。

 


  

 

▽わが家の暮らしが本になりました。

▽ランキング参加中です。いつも応援クリックありがとうございます^^。

にほんブログ村 子育てブログ ワーキングマザー育児へ
にほんブログ村

 


人気ブログランキング

 

▽ブログ内でご紹介した楽天で買えるアイテムは、こちらにも更新しています

f:id:berry-no-kurashi:20200904112253p:plain